夕方。
知人の家に向かう電車の中で、お母さんに抱っこされた女の子が「あついーあついー」と泣いていた。母子の隣には、息子らしき男の子がいた。
女の子がなかなか泣きやまないので、私は思わず声をかけた。
「大丈夫? 何が熱いん? どうしたらええの?」
すると、母子3人は体を硬直させた。私はどうやらめっちゃ怪しまれたみたいだ。
私はしばらく女の子やお母さんに、「どうしたら良いんですか?」と話しかけていたが、仕方なく、親子連れの向かいの席に座った。
私がうろたえていると、右隣に座っていた中年の女性が、「気にしないで、あの子はわがままを言ってるだけだから」と優しく言ってくれた。そうして私達はしばらく電車に乗っていた。
電車が駅に着くと、恐ろしいことが起きた。
私の真ん前に立っていた青年が、電車を降りる際、私に向かって小声でこう告げたのだ。
「(お前のこと)警察言うから」
私は怖くて腹が立って、動転してしまった。「警察に睨まれたらどうしよう」と気が気でなかった。
それでも隣の席の中年女性は、優しく「気にせんでええよ」と言ってくれたが、私はどうやら、母子と青年から「声かけ案件」の加害者とみなされたようだ。
知らない人に迂闊に声を掛けると、「不審者」と見なされることがある。これを「声かけ案件」と言うのだと、ネットで見て知っていた。
ネットでも私は、そうした「声かけ案件」を起こしてしまい、知らないユーザーに怪しまれ、排除されてきた。
私が善意で話しかけても、相手からすればただの「攻撃」なのだ。それがとても悲しい。
その次の駅で、中年女性は黙って電車を降り、そのまた次の駅で、親子連れも、楽しそうにしゃべりながら、電車を降りた。
あの親子連れ、私という「よそ者」への警戒心がすごかったな。ウチソト意識がめちゃくちゃ強くて、恐ろしい。最近の人って大抵こういう感じだから、たまったものではない。
裏を返せば防犯教育が功を奏しているということだが……うーん。
かくいう私も、幼い頃はそうした教育を真に受けていて、知らないおじいさんから話しかけられたら「バーカ!」と罵倒して、おじいさんを悲しませていた。
しかし、いざ自分が怪しまれる側になると、ひとたまりもない。
もしかすると、見ず知らずの大人を警戒する子供は、親以外の大人と触れ合う機会があまりないのかもしれない。
いや、でも、そういえば、私だって、子供の時から体操教室やピアノ教室に通っていたし、親以外の大人と触れ合っていたぞ。
やっぱり、親以外の大人と触れ合っていようがいまいが、知らない大人を必要以上に警戒する人はいるのだ。
まあ最近犯罪のニュースが多いし、仕方ないのかなあ。
とりあえず知らない大人はみんな敵、と決めてしまえば気が楽だが、なんだかなあ……。